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オフィスはいったいどこへ行くのか『さよならオフィス』

テレワークが浸透する中、誰もが思ったであろう疑問「出社しないオフィスなんて、必要なのか?」

ジョブ型って何?在宅勤務の労務管理どうしてる?テレワークって続くの?

こうした疑問に答えるべく、日経専門誌の記者が徹底取材し、働き方のニューノーマルを解き明かしていく本『さよならオフィス』

気になった箇所をクリップしてみる。

ITベンチャーの社長はこう言う。

「うちも経営陣の中でオフィスは不要だという認識で一致している。様々な理由で自宅では集中できないという社員の声もあるので、外部のコワーキングスペースを契約することで、在宅勤務を前提として、それが難しい日やどうしても対面でのミーティングが必要な場合はコワーキングスペースで働くというスタイルにするつもりだ」

 

たとえテレワークが浸透したとしても、オフィスが不要になるとは限らない。

大きな理由は2つある。

1つは、従業員が「集まること」の価値だ。従業員同士によるコミュニケーションや、偶然の出会いや予想外の発見を意味するセレンディピティなどがその際たる例だろう。こうした価値を重要視し、固定席は減らすがオフィス全体の面積を減らさず交流スペースを増やす企業もある。

もう1つはオフィスが企業の独自性を示す場所として機能する点だ。技術や商品を展示するショールーム、企業文化やブランドをクライアントに象徴的に伝える場所にもなり得る。

 

「誰かとつながることで新しい価値を生みたいというニーズは、コロナ前後で全く変わっていない。普遍的な需要だと感じている」

トヨタ自動車グループのデベロッパーであるただの平沢靖聡グループマネージャーはこう言う。

同社は2020年5月、コロナ禍の真っただ中に、東京都千代田区にシェアオフィス「axle 御茶ノ水」をオープンさせた。

テレマティクスサービスなどを運用するトヨタコネクティッドが東京オフィスを構える。特徴は、トヨタグループをはじめとした大企業とベンチャー企業との出会いや交流を誘発する点にある。交流を生む企画を東和不動産が運営者として仕掛けている。2階にラウンジを構え、2019年まではこの空間を使って交流イベントなどを企画する予定だったが、コロナ禍で方針を転換。オンラインでのランチ交流会に切り替えた。1社から数人が参加し、計 10 人程度の交流会を毎週企画する。「実際に交流会で生まれたビジネスの話が2~3個動いている」と平沢氏は明かす。

4~6階はトヨタコネクティッドを含め数社がオフィスとして使用する。3階は小規模な個室に加えて、会員であれば誰でも使用することができるプロジェクトルームや会議室を設けた。2階はエントランスとラウンジ、会議室など、1階には時間貸しのイベントスペースや会議室などを設けた。地下1階が約150坪のシェアオフィスで、月額5万円(税別、以下同)からの固定席会員と月額1万5000円からのコワーキング会員(フリーアドレス制)に分かれる。平沢氏は「新型コロナの影響で個室を含め、春先はかなり厳しくなると考えていた」と話すが、ふたを開けてみれば問い合わせが相次ぎ、9月時点で審査中を含め個室は全室が埋まった。理由は、それまでのオフィスを解約し、より手狭なシェアオフィスへの移転を希望しているベンチャー企業が多いこと。「オフィスのダウンサイジングというニーズを捉えている」(平沢氏)

地下のシェアオフィスについては新型コロナの流行によって大々的な告知をとりやめ、9月時点では紹介制による会員登録にとどめているが、こちらも順調に会員数を伸ばしているという。

 

スペースマーケット全体の掲載スペース数は、2020年8月時点で全国1万3500カ所。一部をスペースマーケットWORKにも掲載することで、WORK単体で2020年内に3000カ所の掲載を目指す。8月のサービス開始から掲載数・予約数ともに順調に伸びているという。

背景には、スペースマーケット本体で、働く場所を求めるニーズが急激に伸びていることがある。同社によれば、スペースマーケットの2019年までの利用用途で最も多かったのは、大人数でのパーティーだった。キッチン付きのスペースなどを借りて知人で集まって気兼ねなく飲食をするといった使い方で、サービスの平均利用人数は7~8人だった。ところが、新型コロナの感染防止の観点から、パーティーは減少傾向。代わりに増えたのがビジネスでの3人以下の利用だった。オンラインによるビデオ会議や商談、個人ワークの書類作成などで使用したいというニーズが増えている。平均利用人数は5人以下まで減った。

同社の井上真吾執行役員COO(最高執行責任者)は、このニーズについて次のように分析する。

「場所にとらわれない働き方が当たり前になりつつある。これまでは1カ所に集まって働くのが当たり前で、オフィスに全ての機能が集まっている必要があった。今は違う。分散して必要なときに集まる。普段の仕事は、目的にフォーカスした機能を持つスペースを選択して働くのが当たり前になりつつある。個室なのかオープンスペースなのか、通信環境は整っているのか、ホワイトボードの有無などをユーザーは気にしている。働く場所全てを企業が用意するのではなく、我々のような外部のサービスを利用する形になるのではないか」(井上氏)

貸し手のニーズもある。1章や3章で見たように、企業経営者は出社率が下がった本社オフィスを今後どうするかに頭を悩ませている。

「複数フロアを借りている企業が1つのフロアを貸したいと言っているケースも実際にある。オフィスだけではなく、インバウンド需要 を失った宿泊施設や、民泊用途で運用していたマンションなどからの問い合わせもある」と井上氏は話す。

前述した「郊外エリアでサードプレイスが求められている」という指摘は、スペースマーケットの 利用頻度からも見て取れる。首都圏の2020年1月~7月の利用状況を件数ベースのシェアで見てみると、東京都だけが急減 し、神奈川県や埼玉県、千葉県などのシェアが軒並み高まった。「特に都心 から少し離れた武蔵小杉や川崎などのターミナル駅での利用が増えている」( 井上氏)。東京でも、 居住人口が多い杉並区や世田谷区などでニーズが高く、千代田区、中央区、港区などのオフィス集積地 では下がっているという。こうしたデータ から見えてくるのは、自宅で集中できないケースや、少し 気分を変えて自宅以外で作業したいケース などを、 居住エリアに近接する サードプレイス が受け止め ているという事実だ。

 

マネジメント支援 サービス を 手掛ける ClipLine( 東京都 品川区)も2020年9月、同社のクライアント である 飲食店 や カラオケボックスの空室を、 ユーザーが「 執務スペース」 として借りるサービス「 サブスペ」を開始した。スペース マーケットWORKのようなマッチング サービスだが、法人 向けという特徴 がある。企業 が サブスペ に会員登録すると、 社員が店舗 を Web 上 で 検索し、 最低利用時間 35 分 = 210 円( 税別、 以下同) から借りることができる。その後は 1分6円の従 量課金制 で、1人当たりの上限金額は月額 5000 円。利用できるのは 1都3県 の240店舗程度で、「これから店舗数を順次拡大していく予定だ」( 同社の遠藤倫生取締役)。

 

オフィスの価値❶ セレンディピティ(偶察力)

1つ目として、セレンディピティを挙げたい。

「ふとした偶然によって予想外の発見をすること、または発見する能力」を指す。偶然に察知する力の意で「偶察力」と訳されることもある。偶発的な出会いがイノベーションの可能性を高めるとされる。クリエイティブな仕事をするために必要な価値だろう。  オフィスは、セレンディピティであふれている。  プロジェクト管理ツール「Backlog」などを開発するヌーラボ(福岡市)の橋本正徳代表取締役は、テレワークによって失われた大きなコミュニケーションとして、「自然発生的な雑談」を挙げる。エレベーターを待っているときに偶然会った別部署の同僚との「今、どんな仕事してるの?」という会話。コーヒーマシンでエスプレッソをいれているときに話しかけられた「前に言ってたあの話だけど」などのコミュニケーション。予期しない会話の中で、新しい発想やアイデアが生まれる。橋本氏は「チャットや会議の冒頭で雑談をする機会を増やしているが、自然なコミュニケーションは生まれにくい」と分析している。

 

オフィスの価値❷ 企業内ソーシャルキャピタル(社会関係資本)

2つ目の価値として「企業内ソーシャルキャピタル」を挙げたい。

ソーシャルキャピタルとは社会学や経済学において用いられる概念で、「社会関係資本」と訳される。一般的には、社会の信頼関係やネットワークなど、コミュニティーにおける相互関係を支える仕組みの重要性を説く考え方であり、物的資本、人的資本と並ぶ新しい資本の概念である。

「人間関係を非対面で築くのは極めて難しい」。人材マネジメントの専門家であるリクルートフェローの大久保幸夫氏はこうみる。オフィスの価値の1つは、対面によって関係性を構築する点にあるはずだ。

 

オフィスの価値❸ 同時性

3つ目の価値は「同時性」である。

オフィスでは一定の人数が同じ空間に存在し、そこで起こるあらゆる出来事を同時に体験することができる。ここにどんな価値があるのか。ブログサービスを手掛ける note(東京都港区)でCXO(最高体験責任者)を務める深津貴之氏は次のように話す。「同時性にはメリットもデメリットもある。近くにいるという物理的な条件によって、ある程度の強制力が伴う。強制力のデメリットは、それがストレスになること。苦手な人とも会話しなければならない。一方で、メリットもある。妥協して安易に済ませようとする『なあなあ』になりにくいことだ。デジタル上のコミュニケーションでは、言いにくいことを言って議論を深めたり、苦手な人と話して壁を越えたりしようとする『ちょっと頑張る』という行為が誘発されにくい」  深津氏が指摘するように、対面での会話や共同作業は「同時性コミュニケーション」と呼ばれ、その場での回答を求めるという強制性を持っている。デジタル上のチャットやメールといった「非同時性コミュニケーション」では一旦保留したり、返信しなかったりといった手段が取れるのと対照的だ。これはオフィスにおける仕事の長所でもあるし短所でもある。  同じ空間で同じ体験をすることは、メンバーのモチベーションを上げたり、1つの目標に向かって走るチームとしての一体感を強めることにもつながるだろう。

さよならオフィス、とばかりにオフィスがこれからキレイサッパリ無くなるということはないだろう。

しかし、今までのオフィスの形態とは違ったものになるのは、間違いない。

その変化を見逃さないように注視していきたい。